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東京オリンピックと「体育の日」

とうきょうおりんぴっくとたいいくのひ

 昭和39年(1964)、世界中94か国の参加を得て、アジアで初めての東京オリンピックが開催された。その際、昭和天皇は大会の名誉総裁として、10月10日の開会式や同月24日の閉会式臨席されたが、両日ともに快晴に恵まれている。昭和21年以来の国民体育大会でも、昭和天皇御臨席の時は雨の降ることがなく、まさしく「エンペラーウェザー」であった。
 ついで昭和41年、新たな「国民の祝日」として「体育の日」が定められた。昭和36年制定の「スポーツ振興法」は、10月の第2土曜日が「スポーツの日」と定めていたこともあり、東京オリンピック開会式の10月10日が、「体育の日」となったのである。
 なお、「体育の日」は、令和2年(2020)から日付も名称も改められている。

【コラム】昭和の皇太子殿下と障害者スポーツ振興
 昭和39年10月の東京オリンピックに続いて、11月に東京パラリンピック大会が開催された。その名誉総裁となられた当時の皇太子殿下(現上皇陛下)は、大会関係者を慰労された席上、「このような大会を国内でも毎年行ってもらいたい」というご挨拶をされたという。これを承けて、翌年秋、第1回「全国身体障害者スポーツ大会」が岐阜県で開催されたのである。
 それ以来、この大会は全国都道府県の持ち回りで毎年開催され、皇太子殿下は第1回以来ほとんど毎年、妃殿下と共に開会式へ御臨席になり、大会を見守ってこられた。平成元年(1989)の9月30日、北海道札幌市で開かれた大会には、一月に皇位を継承された新天皇陛下が特別に臨席され、次のように述べておられる。

「岐阜県で行われた第1回大会以来、一昨年の沖縄県で行われた大会まで、毎回見守ってきた私には、その発展に深い感慨を覚えます。25年の歳月は、各地に障害者のスポーツに対する理解を育ててきました。この間、障害を持つ多くの人々が、スポーツを通じ、新たな人生を見いだしてこられたことと思われます。この大会が身体障害者の福祉に資する意義は大きく、大会を育ててきた関係者の尽力に対し、深く感謝しております。
国民の間に、スポーツを楽しむ人々が増加している今日、障害者のスポーツに対する理解も、更に増進されなければならないと思います。」(宮内庁HP参照)

 ちなみに、今上陛下は、昭和63年に皇太子殿下の御名代として全国身体障害者スポーツ大会に臨席された。ついで皇太子として平成2年以降ほとんど毎回(同13年にこの大会が全国知的障害者スポーツ大会と合同して全国障害者スポーツ大会となってからも)、大会開会式への御臨席を続けてこられた。

【参考文献】(敬称略)
・所功著『「国民の祝日」の由来がわかる小事典』(PHP研究所、平成15年)
・渡邉允著『天皇家の執事 侍従長の十年半』(文藝春秋、平成23年)
・宮内庁HP「第25回全国身体障害者スポーツ大会」「主な式典におけるおことば(平成元年)」
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h01e.html#D0930
・皇室チャンネル「映像で見るご結婚50年のお歩み(障害者スポーツ)」(政府インターネットテレビ、平成21年公開。https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2631.html
・公益財団法人日本障がい者スポーツ協会「障がい者スポーツの歴史と現状」(令和2年)