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天皇誕生日

てんのうたんじょうび

 今上陛下の御誕生日を奉祝する「国民の祝日」の一つである。昭和35年(1960)に誕生された徳仁親王が一昨年(2019)5月1日に践祚=即位されてからは、2月23日がそれに当たる。
 この祝日は「天長節」に由来する。古代中国では、唐の玄宗皇帝(在位712~756)から始まる。日本では、奈良時代末期の光仁天皇(在位770~781)宝亀6年(775)10月13日に「此の日を名づけて天長節と為す」(『続日本紀』)を初見とするが、必ずしも毎年それが行われたわけではない。
 しかし、近代に入ると明治元年(1868)8月「九月二十二日は聖上の御誕辰相当に付き……天長節執行」することが布告され、同6年元日から新暦採用により11月3日が天長節として励行された。ついで、大正の御代には、御誕生日の8月31日が盛夏中のため、大正2年(1913)から10月31日が「天長節祝日」とされた。
 さらに、昭和の御代には、4月29日が「天長節」となり、「紀元節」(2月11日)・「明治節」(11月3日)と並ぶ「三大節」として特に重んじられてきた。それが戦後の昭和23年(1948)制立の「国民の祝日」では「天皇誕生日」と改称された。そのような祝日が、平成の御代には12月23日となり、令和の御代に2月23日となったのである。
 ちなみに、戦前は「天長節」当日、まず宮中三殿で公的に「天長節祭」(掌典長が祭典を奉仕し、天皇が拝礼される小祭)が営まれ、ついで宮殿において文武官人らによる「参賀の儀」と皇族・内外高官らを招かれて「宴会の儀」が催された(「皇室祭祀令」「皇室儀制令」)。さらに全国の官庁や学校で奉祝式典が行われてきた。
 それが戦後は、まず朝9時、皇室の行事として「天長節祭」が行われ、ついで午前中、象徴天皇の公的行事として宮殿の正殿(松の間)で両陛下が全皇族と三権の長などから祝賀を受けられ、続いて豊明殿で各界代表を招いて宴会があり、午後には在日大使夫妻らを招いてお茶会が催される。さらに当日の午前も午後も、長和殿のベランダに出られ、一般国民の参賀に応えられることが恒例となっているから、一日中きわめてお忙しい。
 なお、国際的には、各国の祝日を代表する「ナショナル・デー」を定め、お互いに祝福する習慣がある。それが日本の場合「天皇誕生日」となっており、当日か数日前に在外公館で駐在国の要人たちを招き、奉祝の宴会が行われている。

【コラム】令和初の天皇誕生日の「おことば」
 令和の御代は、一昨年5月1日から始まり、翌2年(2020)2月23日に初めての「天皇誕生日」行事が予定されていた。しかし、1月に国内で「新型コロナウィルス」の感染者が出たことを受け、宮殿における祝賀行事は最小限に簡略化され、一般参賀は中止されることになった。
 けれども、当日、今上陛下の「おことば」は公表され、その全文が宮内庁HPに和英両文で掲載されている。今年も残念ながら同様の方式になると報じられているので、当日の「おことば」を次回(3月1日)に紹介させて頂く。

(後藤真生)

【参考文献】(敬称略)
・宮内庁HP「天皇陛下お誕生日に際し(令和2年)」(https://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/30
・所功著『天皇の「まつりごと」』(日本放送出版協会、平成21年)
・皇室事典編集委員会編『皇室事典 令和版』(KADOKAWA、令和元年)