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象徴天皇「高齢譲位」について

平成28年12月22日

「象徴天皇「高齢譲位」の必要性と法整備」(所功)

口述原稿(20分 質疑応答10分) ※の箇所は口述で省略した部分を補ったもの。
京都産業大学名誉教授・モラロジー研究所研究主幹  所   功
於 総理大臣官邸小ホール(千代田区永田町二-三-一)
「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」第一回ヒアリング五番

 

御紹介いただきましたトコロイサオでございます。私は、学生時代から日本の歴史学を専攻いたしまして、法制史、とりわけ宮廷儀式の制度と文化の研究に取り組んでまいりました。そこで、本日は、そのような立場から管見を申し上げたいと存じます。時間の制約がございますので、別紙にA4サイズのレジュメ二枚と参考図表二枚を用意いたしました。それをご覧になりながらお聞き取り願います。

 

私の基本的な認識と具体的な提言

先般、こちらの皇室典範改正準備室から本日ヒアリングされる内容を8項目お知らせいただきましたので、なるべくそれに沿って申し述べます。その前に、私の基本的な認識と具体的な提案を申し上げます。それはレジュメの冒頭に記しました次のとおりであります。

 

「今上陛下が平成二十二年七月頃から、象徴世襲天皇制度の役割を末永く継承するため、高齢化のみを理由に決心された高齢譲位の問題提起を真摯に受けとめる。

その御意向に沿った現実的な法整備のため、単行の特別法を迅速に制定して、もし時間的に可能ならば皇室典範の第四条などを改正して、その実現に必要な関連事項の検討も早急に進めていただきたい。」

 

この有識者会議が開かれました直接の契機は、今上陛下の御意思が八月八日に「おことば」として公表されたことにあります。しかも、その前後の情報、とりわけ七月十三日のNHK特別ニュースと「文藝春秋」十月号などを総合しますと、陛下の御意向は明白であると思われます。すなわち、陛下は既に六年前の七十六歳ころから、現行の憲法下で天皇の地位にある者は象徴の役割を自ら果たす責任があり、それを高齢化に従って果たせなくなる心配があるので、次の後継者と決まっている皇太子殿下へ譲ることによって、その地位と役割を末永く継承できるようにしたい、という御決心と御希望を示されたことが、今でははっきりしております。

ただ、現行の皇室典範には譲位の規定がありませんので、関係者も対応に苦慮されてきたのかと思われます。しかし、間もなく満八十三歳になられる陛下は、御高齢の進行を予見されて、まだ元気なうちに皇位を譲ること、つまり「高齢譲位」の道を開いてほしい、と念願しておられるのでありますから、政府も国民もその問題提起を真摯に受けとめて、その御意向に沿った現実的な法整備に努めなければならないと思います。

そのためには、いろいろな方法もあり得ますが、今上陛下の御年齢と御健康を考えれば、可能な限り迅速な対応を必要としております。そこで、当面、まず単行の特別法を制定するほかないのではないかと思われます。もちろん、時間的に可能でしたら、将来にも通用する要件を整えて、皇室典範の第4条などを改正するほうが望ましいことは申すまでもありません。

また、高齢譲位はほとんど前例のないことでありますから、単に特別法を制定するだけではなく、御譲位の儀式とか御譲位後の待遇など、関連事項についても十分に検討し、順調な実現を可能にしていただきたいと念じております。

以上が私の認識であり、提言であります。これ以下、このように考える所以を、お尋ねいただいた八項目に即して簡潔に申し述べます。

 

現行憲法の定める象徴天皇の役割

まず第一は、「日本国憲法における天皇の役割をどう考えるか」というお尋ねであります。これは法制史の観点から申しますと、日本国憲法の原案はGHQにより提示されたものですけれども、その枠組みとして、憲法の顔とも言うべき第一章は、明治憲法と同じく「天皇」であり、第三章の一般国民と区別して、その身分と役割などを規定しております。

その内容は、明治憲法と著しく異なるように見えますけれども、新憲法案の起草原則を示したGHQ最高司令官マッカーサー自身、「天皇は国家の元首であり、その地位は世襲であるということを認めております。

 

※ The Emperor is at the head of the State. His succession is dynastic …

高柳賢三氏他編『日本国憲法制定の過程-原文と翻訳』(昭和三十七年、有斐閣)参照)

 

この「象徴」という用語は、マッカーサーの示した「元首」の機能を表したものとみられます。すでに何人もの研究者により指摘されていることながら、明治以来の旧憲法下でも、日本の元首である天皇は「国民の代表であり、国民統合の象徴」と解されていました。その一例として、昭和六年(一九三一)新渡戸稲造博士が英文で著された『日本 ―その問題と発展の諸局面―』に次のような説明があります。

 

The Emperor is thus the representative of the nation and the symbol of its unity.

『新渡戸稲造全集』(教文館)の第十四巻に英文、第十八巻に訳文を所収。

 

最近では小堀桂一郎博士が「〝国民統合の象徴〟の隠れた典拠」(『産経新聞』平成二十八年十一月三日「正論」)で言及されています。

したがって、象徴天皇とは、日本国を代表する元首の立場にあり、日本国民の統合を象徴する役割を担う存在だ、と解釈してよいと思われます。しかも、留意すべきことは、「象徴」と言っても国旗のようなモノではなくて、意思のあるヒトだということであります。そのヒトは、私どものような一般国民と異なりまして、ヤマト朝廷以来、およそ二千年も続く皇統を世襲する格別な身分にあることを自覚され、また国家と国民統合のために尽くす責任感と理想像を持っておられる至高の尊い人格であり、それを常に目指しておられると見られます。

 

※ 昨年まで宮内庁の参与を務められた三谷太一郎博士が、「陛下は・・・象徴の地位と務めは不可分だというお考えで、日本国民統合の象徴とその積極的・能動的な役割を強く意識してこられた。・・・大学時代・・・宮沢俊義先生(元東大教授・故人)から「象徴としての天皇は国旗のようなもの」と講義で教わった。(そのため)多くの国民は、象徴天皇を国旗のような静的なものととらえ、国民統合のため積極的・能動的な枠割を考えてこなかった」と指摘されています(十月十六日、時事通信ニュース)

 

こう考えてよいとすれば、象徴天皇の役割は、憲法でその地位を基礎づけている日本国民の総意に応えられるよう、国家と国民統合のため、自ら可能な限り積極的に「お務め」を果たされることだと思われます。

 

※ それは、旧憲法下の元首天皇も、大まかに申せば同様であったとみられます。それゆえ、敗戦直後の昭和二十一年元日に公表された「新日本建設に関する詔書」の中で、先帝陛下が天皇と国民との紐帯(結び付き)は「終始相互の信頼と敬愛によりて結ばれ」と仰せられました。それを承けて今上陛下も、八月の「お言葉」で「天皇として大切な、国民を思い国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得た」と述べておられます。そして、この点こそ、象徴天皇の真髄にほかならない。と拝承しております。

 

天皇の国事行為・公的な行為・祭祀行為

次いで、②は「天皇の国事行為あるいは公的行為などの御公務はどうあるべきと考えるか」というお尋ねであります。これは御公務をどの範囲でどのようなものとみなすかにより変わってまいりますから、天皇の行為を類別してみますと、次の四つに分けられます。

 

一つ目は、憲法に定められる「国事行為」。二つ目は、象徴にふさわしい「公的行為」。三つ目は、皇室に伝えられる「祭祀行為」。四つ目は、個人的に励まれる「私的行為」です。

 

※ 中村睦男氏「国事行為ないし天皇の公的行為」(『ジェリスト』・九三三号)、園部逸夫氏『皇室法概論』(第一法規出版、平成十四年)など参照。ただ、通説は(3)と(4)を一括して「私的行為」としますが、(3)は(2)に近い公的意義をもっておりますから(4)と区別すべきだと思います。

 

このうち、有識者会議で表看板とされた「天皇の公務の負担軽減」というのは、主に「公的行為」をどのように考えて、どうしたらよいかでありましょう。確かに昭和の御代と比べれば、平成に入ってから「公的行為」が著しく増えていると見られます。

したがって、次の御代を迎えるまでに、宮内庁で「公的行為」に関する昭和と平成の実例を総点検され、新しい基準を設けてからスタートしてほしいと存じます。また、「国事行為」は憲法上の公的権威者として、さらに「祭祀行為」も皇室の伝統継承者として、ともに重要な役割でありますから、新天皇も基本的に引き継がれなければなりません。ただそれらの具体的な実行の仕方には、新しい工夫もなされたらよいと思われます。

 

高齢天皇の「御負担」(お務め)の在り方

次に、③・④・⑤はまとめて「天皇が御高齢になられた場合、御負担を軽くする方法として何が考えられるか」というお尋ねと存じます。しかしながら、八月の「おことば」などを拝聴しますと、象徴天皇の今上陛下は、前に挙げた「国事行為」も「公的行為」も「祭祀行為」も全て可能な限り公平に自ら全身全霊で実行してこられましたが、その負担を軽くしてほしいなどということは、一言もおっしゃっておりません。

 

とはいえ、将来のため私見を申し上げますならば、いかなることであれ、予測しがたい事態を発生するかもしれないことも想定しますと、今上陛下のように御長寿を保たれ御公務に精励されることが、いつも可能だとは限りません。とすれば、現行の「摂政」制度は必要であり、また「国事行為の臨時代行」制度も有効だと思われます。

 

※ なぜなら、一般社会でも高齢化と共に少子化が進んでおり、皇室も例外ではありません。とりわけ皇位を継承する法的資格のある「皇統に属する男系の男子」は四方に限られます。しかも、その年齢は今月末で、常陸宮殿下八十一歳、皇太子殿下五十六歳、秋篠宮殿下五十一歳、悠仁親王殿下十歳という状況であります。従って、数年以内に「高齢譲位」が実行されまして、次の御代が仮に三十年ほど続く場合、その間にもその後にも何が起こるかわかりません。とすれば、未成年や心身不如意の天皇が万々一生じたりした時に、摂政を置くことができるという制度は必要です。

 

※ 念のため、摂政に就任する法的資格は、皇嗣の皇太子だけでなく、すべての親王と王についで、皇后と皇太后にも、すべての内親王・女王にも認められています。従って、皇位は皇族男子のみが継承される現行の制度下でも、女子皇族(一般から入られた皇族と皇室に生まれた女子)の役割が重要なことを、再認識しておきたいと存じます。

 

また、今上陛下は強い御使命感から、御公務の全面委任も漸次縮小も無理だと仰せられますが、次の御代からは、その実行方法を工夫することによって、相当に軽減することも可能だろうと考えられます。

特に「公的行為」は新しい基準を設定して、例えば恒例の三大行幸や国家的・国際的な儀式・行事等へのお出まし以外は、ほかの成年皇族が可能な限り分担することを検討されたらよいと存じます。ただ、その場合でも、現に皇位を担っておられる天皇陛下の御意向を尊重しながら進められることが、何より肝要だと思われます。

 

高齢天皇の「退位」(高齢譲位)

さて、後半の⑥は、「天皇が御高齢となられた場合、天皇が退位することについてどのように考えるか」というお尋ねであります。この点、私の結論を先に申せば、今上陛下が高齢による譲位を決心され希望しておられることは明白であること、また、それが現実的に必要であり、しかも有効だと判断されることから、「高齢譲位」を積極的に支持いたします。

その理由は、まず日本の史上、退位ないし譲位の実例が多々ございます。飛鳥時代から江戸時代までは、むしろそれが一般的でありました。

 

※ コピー三枚目の別表「〝生前退位〟の天皇一覧」に示したとおり、第三十五代の皇極女帝(六四五年譲位)から第一一九代の光格天皇(一八一七年譲位)まで、北朝の五代を含めますと、合計六十代で六十四方(七〇%)がそれにあたります(やゝ特殊な廃位など数例を除いても六五%以上になります)。

 

ただ、その中には、早く譲位して若い後継の天皇を見守るというより、自ら院政を敷いて政治権力を行使したような方もあれば、皇位継承をめぐって無理やり退位させられ、それが内乱に発展した例も少なくありません。

しかし、明治の皇室典範は、井上毅らの作成した草案に、終身在位を原則としながら、譲位も容認する但し書きをつけていたのですが、総理大臣の伊藤博文が、退位による過去の弊害を強調し、削除させてしまいました。

また、戦後の新皇室典範も、旧典範の原則を引き継いで、第四条に終身在位を規定しました。その際、担当大臣の金森徳次郎氏は、終身在位こそ「国民の信念」だと答弁して、成立を急いだ経緯が、当時の議事録から読み取れます。

けれども、明治の中ごろはもちろん、終戦直後の七十年前でも、現在のような超高齢化社会の到来を予想することは、ほとんど不可能だったかと思われます。しかし、今や日本人の平均寿命は男女とも八十歳以上となり、間もなく天皇陛下は八十三歳の御高齢になられます。さらに、約二十年後、百三歳で依然終身在位ならば、皇嗣の皇太子殿下は七十六歳になられますが、後継の秋篠宮殿下は七十一歳でも依然として宮家皇族の一員にすぎません。

 

これでは、現行憲法に定められる「象徴世襲天皇制度」は順調に維持することが難しくなります。前述のとおり、天皇は世襲の身分と象徴の役割を代々継承される至高の存在でありますから、「国事行為」も「公的行為」も「祭祀行為」も自ら担当できる体力・気力・能力を有する皇嗣、つまり皇位の継承者が確実におられなければ、安定的に続くはずがありません。

そこで、いわゆる「生前退位」ならどうか、と言われております。けれども、私はこのような表現はよろしくないと存じます。一般的な「生前退位」であれば、かつてあったような弊害も心配されます。しかしながら、陛下が提示しておられますのは、御自身の高齢化を理由とする個別的な「高齢譲位」でありますから、余計なことを心配する必要がありません。むしろ、それによって天皇の地位と象徴の役割を次の世代に譲り渡し、代々継承していける可能性を開くことができるだろうと見られます。

 

このような「高齢譲位」が実現しますと、これまた勝手な推測でございますけれども、仮に今上陛下が満三十年在位されまして、平成三十一年、二〇一九年初めの一月七日直後ごろ譲位されるとすれば、現皇太子殿下は同じく三十年ほど、二〇四九年ころまで在位可能になるかと見込まれます。

 

特別法の制定で高齢譲位の道を拓く

次いで⑦は、「天皇が退位できるようにする場合、今後のどの天皇にも適用できる制度とすべきか」というお尋ねであります。この問題を考えるに当たり想起すべきは、七十年前、昭和二十一年十二月の帝国議会で皇室典範案の審議中、貴族院議員の佐々木惣一京大名誉教授が次のように提言しておられることであります。

 

「天皇が…国家的見地から、自分はこの地位を去ることかよいとお考えになる…ならば、一定の機関、国会も、それが国家のためになるかどうかということを判断し、…双方合致したならば、退位せらるるという…構想は…公正なる立場でできる。」

 

この指摘を現在に当てはめてみますと、今上陛下は「象徴天皇の務めが、常に途切れることなく安定的に続いていくことを、ひとえに念じ」ておられます。そして、まさに「国家的見地」から、「自分はこの地位を去ることがよいとお考え」になって譲位を決心し、希望しておられるわけであります。したがって、それを可能とする法の整備に国会が合意するならば、退位は公正にできるはずであります。

 

実は、退位もしくは譲位が必要になったならば、「単行の特別法を制定して、これに対処すればよい」という考えを、既に五十年以上前に提示された方がおられます。しかも、それは新皇室典範を立案する臨時法制調査会の幹事を務めた宮内省の文書課長、後の宮内庁営繕部長の高尾亮一氏でありまして、昭和三十七年、一九六二年、内閣の憲法調査会に提出された「皇室典範の制定過程」と題する報告書の中で、はっきり述べておられます。

これも現在に当てはめてみますならば、今や七十年前には「予想すべからざる事由」として、超高齢化という状況で「退位が必要とされる事態」に直面したことを、陛下御自身が告白されているのでありますから、このような場合に対処するには、「単行の特別法を制定すればよい」ということになります。

 

それゆえ私も、当面は今上陛下の「高齢譲位」を可能とする特別法を迅速に成立させるほかないと思います。ただ、将来的には、皇室典範を改正して、従来どおりの終身在位の道と今回のように正当な理由の明白な譲位の道とを可能にするため、次のように条文を改めたらよいのではないかと考えております。

つまり、第四条に「天皇が崩じたとき」とありますのを続ける一方、その後に、「又は皇室会議の議により退いたときは」とつけ加え、両方を承けて、「皇嗣が、直ちに即位する」という修正案であります。

 

第四条  天(㋑)皇が崩じたとき、又は(㋺)皇室会議の議により退いたときは、皇嗣が直ちに即位する。

 

ここで、「皇室会議の議により」という条件を入れましたのは、現行の皇室典範第三条に、「皇嗣」の変更も「皇室会議の議により」と定められております。したがって、それと並んで重い譲位の問題は、皇族二名と三権代表八名の十名の議員から成る皇室会議で厳密に審査し決定するようにしておくことが、必要であり妥当だと考えられるからであります。

 

※ 念のため、現行典範の第五章に定められる「皇室会議」は、皇族の代表二名と三権の代表八名(衆参両院の正副議長、内閣総理大臣と宮内庁長官、最高裁判所の長官と裁判官)の議員で構成される、最も権威の高い常設の会議機関であり、しかも総理大臣が議長です。従って、皇室に関する重要な事項は、ここで十分に検討し決定する(必要があれば、政府に進言したり国会での審議を求める)ことが出来るはずでありますから、ぜひそういう機能を発揮してほしいと思います。

 

なお、「皇室典範」の本文を改正することが難しいのであれば、「付則」に一種の例外を追加することも、一案かと思われます。ちなみに、明治以来の「皇室典範」は「帝国憲法」と並ぶ根本法典でしたから、本文を改正することは極めて難しいため、現実的に必要な例外事項を「増補」という形で付け加えています。それに準じて、「付則」を追加するとすれば、前掲の第四条修正部分を①とし、あわせて第八条の皇嗣規定を改正する代りに②を加えたらよいと考えております。

 

付則① 天皇が、皇室会議の議により退いたときは、皇嗣が直ちに即位する。

② 皇嗣は、皇位継承の順序が第一の皇族とし、皇太子と称する。

 

現行典範の第八条では「皇嗣たる皇子(天皇の男子)を皇太子とし、皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫(天皇の男孫)を皇太孫とする」と定めていますから、新天皇の弟君(皇弟)は該当しません。この不備を正すのが付則②です。

 

譲位後の天皇(上皇)の待遇と御活動

最後に⑧は、「天皇が退位できるようにする場合、その御身位や御活動をどのようにどうあるべきと考えるべきか」というお尋ねであります。この点は、近現代の実例がありません。けれども、前近代には幾多の先例があります。したがって、それを参考にしながら、現代にふさわしいあり方を検討すればよいと思われます。

古来の例では、譲位に際して儀式が行われています。それを踏まえて、今後の形を考えてみますと、まず、その段階でお元気な天皇陛下から譲位の「おことば」を述べられる。ついで、皇位の継承に不可欠な剣璽、宝剣と神璽を、皇嗣の皇太子殿下に直接お渡しになる。さらに、それで践祚されたことになる新天皇から前天皇に尊号を奉られる、という三つの要素を実行されるかと思われます。同時に政府が新しい元号を制定し、公表します。

この尊号とは、譲位後の称号です。七世紀の終わりごろ、文武天皇に皇位を譲られた祖母の持統女帝が、初めて「太上天皇」と称され、それが七〇一年の大宝律令に明文化されています。今後も正式には太上天皇、ないし通称の「上皇」とされるでありましょう。

 

また、皇后陛下は現行典範により「皇太后」と称されることになります。その皇太后の敬称は「陛下」でありますから、上皇の敬称も「陛下」以外にはありえません。その身分と序列は、即位される新天皇が最上位ですから、内廷皇族、天皇の御家族でありますが、もちろん高齢ゆえに譲位されるのでありますから、再び皇位を継承したり摂政に就任する資格はあり得ません。また、宮中の行事、例えば新年の歌会始や講書始などに出られる序列は、天皇・皇后、その次に上皇・皇太后という並び方になるかと思われます。

 

次いで、より現実的なことは、譲位後の御所であります。これは新天皇の両親であられる内廷皇族の上皇・皇太后が生活されるにふさわしいお住まいでなければなりません。江戸時代までは、天皇の内裏近くに上皇用の「仙洞御所」が用意されていました。そのような御所を譲位されるまでに、しっかり準備していただきたいと存じます。

 

ただ、今上陛下は既に四年前、御自身の喪礼について、なるべく国民に負担をかけないように、可能な限り簡素化することを要望されました。したがって、譲位後の御所についても、費用の節約を求められるかと思われますが、この点は、外国王室における前国王・前女王のお住まいなども参考にしながら、遜色のないものにしていただきたいと存じます。それは譲位後の御活動とも関係することであります。今上陛下は、高齢ゆえに象徴天皇としての役割を全て皇太子殿下に譲渡されるのですから、新天皇のお務めである前述の(1)(2)(3)に直接関与されるはずがありません。おそらく(2)の一部に臨席されるかもしれませんが、大部分(4)の「私的行為」であろうと見られます。

 

しかし、その「私的行為」も、それぞれかなり大きな意味を持っております。例えばハゼなどの御研究は、国際的にも高く評価されております。また、御趣味のチェロなども芸術文化の奨励に貢献しておられます。したがって、このようなことが上皇御所でも十分おできになるようにする必要があります。さらに、御在位中は自由になさることが難しかった私的な御旅行や御所への御招待なども、可能な限り実行されて、皇后陛下とともに、心安らかな余生を送っていただきたいと念願しております。

 

以上で口述を終わらせていただきます。失礼いたしました。

 

質疑応答

○ありがとうございました。それでは、ただいまから意見交換を行います。御質問、御意見などがあればよろしくお願いをいたします。

 

①先生、どうもありがとうございました。大変勉強になりました。

先生の資料の一ページ目のところの下のほうでございますけれども、今上陛下の御意思は上記(1)(2)(3)、すなわち憲法に定められた国事行為、象徴にふさわしい公的行為、皇室に伝えられる祭祀行為を可能な限り自ら公平に全力で実行されること。そして、それが高齢で実行できなくなった場合には譲位をされて、その後継の天皇にそのことをやっていただきたいという御意思というようにお考えかと思うのですが、そういたしますと、所先生のお考えでは、国事行為は決まっているわけですけれども、特に(2)の象徴にふさわしい公的行為というものについては、今上の陛下がお考えのようなものをこれから代々の天皇がやはりそのとおりやっていかれるべきだというように考えられておられるのか、その辺を伺いたいと思います。

 

⑴ありがとうございます。私は日本史の研究者でありますから、歴代全天皇の御事蹟を「実録」などで一通り見ておりますが、お一人お一人いわば個性があります。当然、今上陛下は現在のようなあり方をされてきましたが、これからの方々がどうされるかは、それぞれ異なるはずです。天皇はモノ、物体でなくヒト、人格ですから、それぞれ意思も理想も持っておられます。今の陛下がお考えの意思と理想と次の方のものは、もちろん世襲の伝統継承者としての根本は変わりませんが、具体的な在り方は必ずしも一致しなくていいと思われます。問題は、象徴天皇としての役割をどう考えられ、どのように果たしていかれるのか、その御自覚に基づいて、それぞれ体現していかれるだろうと思います。

 

②大変ありがとうございました。非常に明快に整理していただいたと思います。

特に天皇の行為の分類というところで(1)(2)(3)(4)とございまして、特に(2)について、今のお話との関連だったと思いますが、要するに天皇のやるべき御公務というのは定量的なものではなくて、それぞれの天皇陛下の御意思もあるでしょうし環境との関係で変化し得るというところであると思います。

二ページ目のところで「高齢譲位」というように呼んだほうがよいというところですが、確かに、生前退位という言い方は一般的ですので、高齢譲位のほうが非常に特定されているイメージはあるのですが、そこで御趣旨は、今回の今上天皇についての単行特別法というお話でございますが、将来的には皇室典範というか、そのあたりも視野に入れていらっしゃるのですが、その高齢譲位を一般的にという御趣旨でしょうか。つまり、それぞれの天皇によって今の公務の考え方も違いますし、あるいは健康状態とか高齢であってもまだまだこなせるとかいろいろあると思いますが、そのあたりの御意見をお願いします。

 

⑵ありがとうございます。私は何事も歴史的に考え、将来についてもいろいろな事態を想定します。明治の典範以降、終身在位しかできないことになっています。けれども、それ以前の歴史を参考にして、譲位も可能だとすることに意味があると思います。

とりわけ、今回は御高齢を唯一の理由として譲位の意思を表明されたのですから、過去にあったような譲位に伴ういろいろな弊害というものは一切ありえません。そういう意味で、今回は一般的な「生前退位」でなく、個別的な「高齢譲位」を実現するということが大事なのです。将来は同じように高齢の場合もありえますが、それ以外いろいろな事態もあると思われます。そういう一つ一つの事態にどう対応するかを真剣に検討していく必要があります。

そうしますと、制度設計としては終身在位という従来のあり方と、もう一つ、退位もできるという道をつくっておく。その場合、今、先生がおっしゃいますように、いろいろなケースが考えられますから、それをその時その時にきちんと審査し、判断する場として「皇室会議」が有効に機能するようなルールを作っておきますなら、いろいろなケースをそこで受けとめ得ると思います。

もちろん、それは皇室会議だけで決められることではないかもしれません。しかし、皇室に関しても、いつどういうことが起きるかわからない。そういう事態に備えて、常設の皇室会議がそれを受けとめる。皇族2名と三権代表八名から成る最高の合議機関が常設されていますから、そこに諮れば、それが正当かどうかを判断することができます。つまり、法的な制度設計としては終身在位プラスいわゆる生前退位も可能だとして、その具体的なあり方は皇室会議できちんと精査できるようにしておけばよいと思っております。

 

③一ページ目の一番最後の(3)(4)(5)とあるところ、ここの中に「ロ 法的には」というところに※印がございまして、典範第十七条にある摂政就任の有資格者について、皇太子とその順序ですね。親王・王に次いで皇后・皇太后、内親王・女王という。男女の順番と序列をわざわざ何故に紹介されたのですか。

 

⑶現在の摂政制度は、男性皇族、皇太子・親王・王だけでなく、女性皇族、皇后・皇太后・内親王・女王も就任可能になっております。

説明を省きましたけれども、最近の皇室で心配な課題は、皇室を担う方の絶対数が少なくなっていることです。従来は皇位を継承し公務を分担できる皇族が多く健在でありましたし、今のところそれは何とか可能です。しかし、近い将来、皇族女子が次々に一般男子と結婚されたら、皇族でなくなる。そうなりますと、ごく僅かの方々で役割を担われるほかありません。その場合、天皇の代行役として置かれる摂政には、女性皇族も就任できる規定があるのですから、そのことも考慮して、皇族を末永く確保してほしいと思います。

今回は、あえて皇族女子の問題に踏み込みません。けれども、将来に備えて、こういうことを考慮に入れて真剣に検討する必要が今の皇室にはあると痛感しております。

 

④今、いろいろな論がございまして、譲位を認めることによってそれが前例となったりいろいろなケースがあって、皇統の継続にもしかしたら危惧があるような事態を生じるかもしれないという説もあるようなのですが、この点についてのお考えはいかがでしょうか。

 

⑷およそ一二五代と北朝五代の皇位継承は、大半が危い綱渡りだったと思います。一つ一つ、いろいろな事情がありまして、この先どうなるかということも少なくありませんでしたが、その時々の人々のさまざまな知恵と努力で何とかつないでこられました。したがって、皇統の継続ということも、これで万全だとか安心だということはあり得ないと思います。だからこそ、明治以来、皇室典範をつくって、がっちり制度を固めたのですが、制度というのは人を縛りますから、拘束の強過ぎるところがあり、それを担う方々が動けなくなってしまっているということだと思います。

そういう意味で、今回の「高齢譲位」を可能にすることは、リスクを伴うかもしれませんが、これによって新しい可能性が開かれることになります。今の陛下が百歳以上の長寿を保たれ、ずっと終身在位されたら、それにつれて、次の方々も高齢化してしまわれる。そういう推移をしっかり検討されて、今、自ら身を引くことが、次の方、その次の次の方のためによかろう、ということを考えて決心されたのだと思われます。それを拝聴して、なるほど世代継承というのはそういうことまで考えなければならないことを、私どもに教えていただいたような気がします。

ですから、今回は陛下のお考えを尊重して、未来を開くために「高齢譲位」を可能にする法の整備を迅速に進めていただきたい、と強く念願しております。

 

○時間がまいりました。これで所様からのヒアリングを終了いたします。所様、どうもありがとうございました。

 

〈付記〉本稿は首相官邸のウェブサイトに公開されている口述・質疑内容に所功が補注増補(※部分)を加えたものです。