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「象徴天皇の務め」に精励し「譲位」される今上陛下

平成30年11月30日

            道徳科学研究センター 教授・研究主幹 所 功
*二年前の重大なビデオメッセージ
第125代の今上陛下は、昭和64(1989)年1月7日、父君(87歳8か月余)の崩御直後、戦後「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」(皇室経済法)と定められる神宝の代表として、宝剣と神璽(勾玉)を承け継ぐ儀により践祚(即位)された。
 あれ以来、30年目の今日に至るまで、陛下は「象徴天皇の務め」に精励し続けてこられた。その一端はテレビや紙誌などを通じて、多くの国民に伝えられているが、2年前の平成28(2016)年8月8日、ご自身の思いをビデオメッセージで全国民に語られた意義は、極めて大きい(全文は宮内庁ホームページに英訳も映像も掲載)。
 その要点を抄出すれば、陛下はご即位以来、①憲法の定める「日本国の象徴」としての「国事行為」と、②「国民統合の象徴」としての「望ましいあり方」と、③「伝統の継承者」として「守り続ける責任」とを担われ、「日々模索しつつ……人々の期待に応えて」こられた。
 たとえば「国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考え」「時として人々の傍かたわらに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」ため、「日本の各地、とりわけ遠隔地や島々への旅も」「皇后と共に……全国に及ぶ旅」を行うことによって、「その地域を愛し、その共同体を地道に支える市し 井せいの人々のあることを認識」でき、それを「人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなこと」と述べておられる。
 すなわち、今上陛下は皇居の中で①国事行為や②祭祀行為を真摯に執り行われながら、特に③公的行為を積極的に積み重ねてこられた。その多くは、被災地などへの再三にわたるお見舞い、沖縄や海外の激戦地にも及ぶ慰霊の旅など、前例がなくても自ら考え、次々実現してこられた。もちろん、それは決して容易なことでなかったに違いない。
 その天皇陛下を最もよく理解し苦楽を共にしてこられたのが、60年近く寄り添われる一歳下の皇后陛下である。今年1月の宮中歌会始で古式ゆかしく披講された御 歌「語るなく重きを負ひし君が肩に 早春の日差し静かにそそぐ」にも、常時おそばにおられるからこそのご心境を拝察することができよう。
*「皇室典範特例法」による「譲位」
 しかし、今上陛下も平成15(2003)年、70歳手前で癌の手術、同24(2012)年には心臓動脈のバイパス手術を受けられた。幸い80歳代に入られてもお健やかに見えるが、ご自身はビデオメッセージの中で「天皇の高齢化に伴う対処の仕方」を熟慮して「我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ておられる。
 これによって、明治以降の皇室典範で想定されなかった高齢化社会では、「長い天皇の歴史」上、60例近くある「譲位」を可能にすれば、未来にわたり「象徴天皇の務め」を続けていける、と考えておられることを、大多数の国民が理解し共感するに至った。
 そこで、政府も国会も具体的な対応を迫られて、昨年6月「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」を制定した。これは、終身在位の原則を残しながら、ご高齢のみを理由とする「退位」を特例として認めた。今後も天皇は高齢になられたら退位して、次の「皇嗣」に皇位を譲る〝高齢譲位〟の先例となろう。
 しかも、今回は「皇室会議」を経て退位=譲位は平成31(2019)年4月30日(皇嗣の即位は5月1日)と決定されたから、あと1年2か月ほどで御代替りとなる。
 その際、今上陛下(85歳)から皇太子殿下(59歳)への譲位(剣璽などの承け継ぎ)儀式が行われると、新しい元号が政令により公布される(事前に内定しても正式な決定は5月1日)。また譲位後の両陛下は、「上皇陛下」「上皇后陛下」と称されることになる。
 約2百年前(1817年)に譲位された光格上皇は、崩御(1840年)まで20余年間、在位中より自由な生活をされながら後継の仁孝天皇を静かに見守っておられる。両陛下は、そ
れらも参考にされながら、心豊かな晩年を送られることであろう。(記事は平成30年3月現在)