• ミカド文庫について
  • 歴代天皇の略伝
  • 皇室関係の文献目録
  • 皇室関係の用語辞典
  • 今上陛下の歩み

皇后陛下の御養蚕

こうごうへいかのごようさん

 宮中の御養蚕は、明治以降の皇后陛下により継承され、皇居内の紅葉山御養蚕所で行われている。皇后陛下は、通常、4月末から6月末までの約2ヶ月間にわたり、「御養蚕始の儀」や御給桑・上蔟・初繭掻き・「御養蚕納の儀」など一連の諸行事に取り組まれる。
 日本における養蚕は長い歴史を有する。『古事記』『日本書紀』によれば、雄略天皇など歴代の天皇が蚕業を御奨励になったことが知られる。『万葉集』には、孝謙天皇が養蚕豊作を願われたことを詠んだ大伴家持の歌が見える(巻20、4493)。
 やがて明治の昭憲皇后が殖産興業に御心を寄せられ、明治4年(1871)、率先して養蚕を始め養蚕や製糸業を奨励された。それ以後、貞明皇后・香淳皇后・上皇后陛下から皇后陛下へと継承されている。
 今年(令和2年)は、新型コロナウイルスの影響により養蚕担当者の数が減らされ、日本の古来種「小石丸」だけが飼育されている。5月11日、「御養蚕始の儀」が執り行われ、皇后陛下は、孵化したばかりの蚕を羽箒で蚕座に移す「掃立て」を行われた。この後3週間ほど、桑摘みと、蚕に桑を与える「給桑」が続けられる。
 
【コラム】国産種「小石丸」による正倉院染織品の復元
 宮中で飼育されてきた数種の蚕のうち、日本の古来種「小石丸」は、良質な糸を出すが、繭が小さく収量も少ない。そのため、明治後半以降、民間においては日中交雑種や中欧交雑種による蚕糸業が盛んになり、昭和10年代、御養蚕所における総生産の約10分の1程度にまで減らされ、昭和60年代には、廃棄に備え繭や糸の標本づくりなども行われていた。
 ところが、平成2年(1990)に御養蚕を引き継がれた皇后陛下は、小石丸の飼育を継続された。当時、小石丸は日本の純粋種で繭の形が愛らしく糸が繊細で美しい、しばらく古いものを残しておきたいので育ててみましょう、ということを言われている。
 一方、奈良の正倉院では、平成5年(1993)から正倉院の絹織物を10年かけて復元することになった。その際、国内では稀な小石丸の飼育が宮中で続けられていることを知った正倉院事務所から、繭の下賜願いが出された。その翌年から従来の約7倍もの増産が行われ、以後10年間で、合計400kg以上の生繭が贈られている。そのおかげで、千二百年以上も前の御宝物が見事に復元されたのである。

(G)

【参考文献】(敬称略)
・小平美香著『昭憲皇太后からたどる近代』(ぺりかん社、平成26年)
・扶桑社編著・宮内庁協力『皇后さまとご養蚕』(扶桑社、平成28年)
・所功著『天皇の「まつりごと」―象徴としての祭祀と公務』(日本放送出版協会、平成21年)、「『昭憲皇太后実録』に見る皇后の知育・徳育」(『モラロジー研究』74号、平成27年)
・「皇后さま、御養蚕始の儀ご出席」(『産経新聞』令和2年5月12日朝刊)